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「SDGs」には大まかだけど全体的に同意。そして、一部に難癖つけてみた【その1】


ここ最近、仕事で「SDGs」を意識した取り組みができないかを考えているのだが、こっちの脳みそのレベルが低くて、なかなか大変だ。
趣向性がとても強いものを作って売っているうちでは、なかなか取り組むことの難しいことが多く、上手くいかない。
困ったもんだ。

そこで、そんなレベルで行き詰っているので、難癖でもつけてみようかと。
あくまでも個人の意見なので、他の人の意見など知らんし、聞かん

SDGsとは、
持続可能な開発目標(じぞくかのうなかいはつもくひょう、英語: Sustainable Development Goals: SDGs〈エスディージーズ〉)とは国連の持続可能な開発のための国際目標であり、17のグローバル目標と169のターゲット(達成基準)から成る[1]。
2015年9月の国連総会で採択された[1]『我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ』(Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development)と題する成果文書で示された2030年に向けた具体的行動指針で、2015年までの達成を目指していたミレニアム開発目標 (MDGs: Millennium Development Goals)が継承されている。

詳しくは、こちらをご覧ください。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

国連の持続可能な開発のための国際目標である「SDGs」
17のグローバル目標と169のターゲット(達成基準)があり、一つひとつを読んでみると、たしかに実に当たり前に必要なことばかりで、且つ、世界的に現段階で実現できていないことばかりが設定されている。

しかし、個人的な見解だが、中には、「ん?」ってなるものもあったりして、これらに対してさらに調べれば、「なるほど」と理解できるものもあれば、さらに「ん?んんんんん?」ってなるものもある。

今回の難癖は、そんな中でも

グローバル目標「8」:包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する
ターゲット(達成基準)「8.5」:2030年までに、若者や障害者を含むすべての男性および女性の、完全かつ生産的な雇用およびディーセント・ワーク、ならびに同一労働同一賃金を達成する。

について、これを読んでみて
「なるほどな~~」
と感心しつつ、
働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)
と、
同一労働同一賃金
ってとこ。
この部分が気にかかる。
というか、解せない。

まず、「働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)」については、
「人間を奴隷みたいに扱うな」
ということなんだろうから、大まかには当然理解できる。

しかし、気になっているのは、
「働きがいのある」
という部分。
「働きがいのある」なんていうのは、そもそも働く側が感じて生み出すものであって、雇う側が与えるものではないと思っているからだ。

そんなこと言ってたら身もふたもない。といわれるかもしれないが、
企業の多くは、スタッフがモチベーションを保てるように様々な取組みを行っている。
それでは足りないだの、やり方が違うなどといわれれば、それまでだが、それでも、いろんな切り口で精一杯取り組んでいるのは確かだと思う。
企業にとって、スタッフはとても大切な存在だからだ。
企業側は、どこもそれくらいのことはしっかりと理解している。
ただし、利益を追求しなければならないのもまた、企業の運命である。
企業は、ボランティアでもないし、技術や知識を教えるための学校でもない。
技術や知識を習得してもらっているのは、自社の利益に貢献すると考えているためだ。

「企業としての責任は・・・」などと、わかったフリした専門家気取りの素人さんには理解できないと思うが、福利厚生だけで、「おひさま西西」で終業時間が来るのを時計を眺めて待っていたり、効率を落としてサボって無理やり残業手当をむさぼるようなやる気のないスタッフのために、企業が存在しているはずがないのだ。
でなければ、本当に頑張って働いてくれているスタッフたちにあまりにも申し訳が立たない

企業や他人に作ってもらった「働きがい」なんていうもので、本当に「働きがい」を見いだせるとでも思っているのだろうか。

ここ数年で、特に日本では「働き方改革」の名のもとに、自称「弱者」が幅を利かしてきたという憂うべき現実は、労働に対するまともな感覚を持った人間であれば気付いているはずだ。

労働は、取り分け雇用というものは、「平等(イコール)」ではなく、「公平(フェア)」であるべきだと思っている。
会社に利益をもたらしている人、または真摯に頑張っている人と、そうでない人には公平(フェア)な査定が求められなければならない。
また、責任感持っている人と責任感を持たないようにしている人、能力が高い人と低い人、人望がある人とない人といった関係性の中でも、この「公平(フェア)」という見方は当てはまると思っている。

これは、前述の気になっていると述べたもう一つの
「同一労働同一賃金」
の部分だ。
こんなもの、「同じ仕事だから」みたいな薄っぺらい基準などで、一律に決まるような類のものではない
考える前にわかるような話が世界レベルで議論とは、どうかしてしまったのかと思う。

「同一労働同一賃金」を語る際、「正規、非正規の差」的な分断が良く取り上げられている。
たしかに、正社員か、バイト、パート、派遣などなどといった切り口も少しあいまいだとは思う。
「今すぐに辞めます!」といってもまかり通るような非常識な権利を振りかざしている非正規もいれば、正規顔負けのパフォーマンスで活躍してくれる人もいる。
正規の正社員であっても、責任に対する姿勢や熟練度、完成度、対応力、コミュニケーションなど能力を同一労働という単純な言葉では一律には図れるはずがない。
さらに正規でも頑張らない人間はいるし、非正規でも一生懸命会社のことを考えて働いている人間もいる
要は、「その人間そのものの~~」ということだ。
だから、こうだからどう、とか、どちらがどう、というようなことを語るのはナンセンスだと思う。

しかし、企業としては、人を雇っている以上、特に終身雇用の時代が終わったとはいえ、日本の企業の場合は、頑張ってくれている人には長く継続して一緒に働いてほしいと願っている企業が多いことも現実ではないだろうか。
体質が古い、時代が違うと言っても、こんなものは、1日2日で変わるようなものでもない。
企業にとって給与や賞与などの賃金やその昇給は、これから先の未来への期待を込めた意味合いを多く含んでいると思う。
これは、正規や非正規のように線引きが出来るものではなくグラデーションで区切ることの出来ない答えのない答えなのだ。
正規でも、すぐ辞める人もいるし、正規になろうと頑張っている非正規もいる。
それを、無理やりに大まかに区切ったりするから、
「やっぱ非正規より正規を重用するよね」
レベルのどこまでもくだらない話になってしまう
のだ。
賃金はあくまでも、企業が独自の観点から総合的に「公平(フェア)」な判断をする必要があるわけで、御上がとやかく言うようなレベルの話ではない。
「公平(フェア)」な評価ができない企業であれば、働く側だって気に入らなければ、会社を辞めるという自由があるわけだから、自分に自信があるなら、即刻自分を認めてくれる企業を探せばよいだけなはずだ。
こんなことが問題になっていること自体が問題だ。

また、これは個人的な考えだが、労働者が会社を自由に退職、転職できる権利を、今よりももっとしっかりと保証していくべきだと思う。
そうすれば、必要な人材に対しては企業は出来る限りの待遇を示すだろうし、労働者にとっても交渉の権利を持つことが出来るようになる。
同時に、働かない人間や、利益を生みだせない人間は、酷なことだが、いつでもクビにできる権利を、企業には一刻も早く与えるべきだ。
「いいとこ取り」、「ダブルスタンダード」、「ゴネ得」などを見て見ぬフリするのは、本当に頑張って働いてくれている人に失礼だし、そもそも社会にとっても良くない。

頑張っている人には開かれた世界を謳うのであれば、頑張らなければ得られない、場合によっては失うということも同時に存在しなければならない。
でなければ、「公平(フェア)」ではない
からだ。

欧米が、どうのこうのといっている自称専門家の先生方も、こっちは欧米で、こっちは日本独自のなんて、ダブルスタンダードかまさずに、それから、何でもかんでも「平等(イコール)」で考えないで、広い目線で「公平(フェア)」に考えるべきだ。

実際のところ、確かにヤバいくらいにブラック過ぎる企業もあるし、かといって逆に、自分の都合だけで、自分を正当化している弱者の仮面をかぶった連中もいる。
玉虫色でわかりにくい事案だが、これからの時代、こんな感じなのかなぁと、年寄り臭く憂いているところだ。

ただ、まぁ所詮、どんな時代も、

何も与えられなくても
「やる奴はやる」
し、
どんなに与えても、ケアしても
「やらない奴はやらない」
だろうけどね。

つまらん難癖でした。

「SDGs」勉強中で、今後も難癖言いたくなりそうなので、タイトルは【その1】ということで。。。

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